先日、製造業を経営するSさん(48歳・モデルケース)から相談を受けました。年商約2億円、個人所得は申告ベースで1,700万円台。顧問税理士から「そろそろ不動産もご検討を」と言われ、中古アパートの購入を進めていた段階で声をかけてくれました。
物件は築23年、地方政令市郊外の木造8室。資料に書かれた表面利回りは8.2%。「これ、どう思いますか」と聞かれたとき、私は「数字が一枚しか見えていない状態では判断しにくいですね」と正直に返しました。
表面利回り8.2%の裏に何枚目の数字が隠れているか
不動産に不慣れな方が最初に見るのは利回りと価格です。ただ実際のキャッシュフローを左右するのは、修繕積立の実態、管理費の内訳、空室率の傾向、金利と融資期間の組み合わせです。
Sさんの物件を試算すると(融資2,800万円・金利2.0%・15年返済・空室率15%・管理費8%の前提)、手残りは年間で概ね40〜60万円程度というモデルケースの結果になりました。節税効果を含めてもです。
「それって、毎月5万円以下ですよね」とSさんは少し黙りました。「時間もとられるのに、ですか」と続けたので、「管理会社に任せても、クレーム対応や空室時の意思決定は経営者である自分に返ってきます」と答えました。これは私自身が最初に物件を持ったとき、管理会社任せで安心していたら入居者トラブルの連絡が深夜に直接届いた、という経験からきています。
「4年で節税効果が消える」シナリオを事前に想定していたか
Sさんが期待していたのは、減価償却を使った所得圧縮効果でした。これは実際に機能します。ただし、木造築23年の物件は法定耐用年数をすでに超えているか残存年数が短いケースが多く、償却期間が4年程度に圧縮されることがあります。短期間に大きく落とせる半面、その後は節税効果がほぼなくなります。
4年後、ローンはまだ11年残っている。節税効果は消えた。管理コストは毎年上がっていく。このシナリオは、入口の段階で想定しておく必要があります。「節税のためのアパート経営」は出口まで設計しないと、4〜5年で手段と目的が逆転します。
3〜5年後に「売りたい」と思ったとき、地方郊外の築古物件は売れるか
Sさんとの話の中でもう一つ確認したのは、「もし状況が変わったとき、この物件を出口にできますか」という点でした。地方郊外の築古アパートは流動性が低く、売りたいタイミングで売れないリスクがあります。株や投資信託をすでに持っているSさんにとって、この「動かしにくさ」はかなりのストレス要因になりえます。
私自身が現在トレーラーハウスを2棟運用しているのも、この流動性と撤退可能性を意識してのことです。移設可能な構造で土地を押さえつつ運用を変えられる選択肢として検討しました。初期の意思決定がアパート1棟より単純で、本業を抱えている状況での管理負担が軽かったという実感があります。ただし1台あたり概ね990万〜1,500万円のレンジで検討されるケースが多く(モデルケース/物件仕様や立地で変動)、アパートと同様に立地や仕様によって収支は変わります。
Sさんが「急いで買う理由がなかった」と気づくまで
Sさんはあの中古アパートの購入を一度保留にしました。「急いで買う理由がなかった」という言葉が印象的でした。節税対策は今すぐ動きたくなる動機になりますが、スピードを重視するあまり入口の設計を雑にすると、後が重くなります。「資産防衛の手段が新たなリスク要因になっていた」という話は、珍しくありません。
まず自分が何を目的に不動産を持つのかを整理する。そのうえで手段を選ぶ。当たり前に聞こえますが、年収が上がるほどこの順序が逆になりやすい傾向があります。次の一歩としては、税理士・FP・不動産会社の三者に同じ前提条件で試算を依頼することをお勧めしています。数字が揃ったとき、初めて比較ができます。
よくある質問
節税目的でアパートを購入するのは有効な戦略ですか?
減価償却を活用した所得圧縮効果が機能するケースはあります。ただし木造物件は耐用年数の残存期間によって償却期間が短期間に集中することがあり、節税効果が終わった後のキャッシュフローや出口戦略まで含めて設計しておかないと、4〜5年後に手段と目的が逆転するリスクがあります。個別の条件によって結果は異なります。
アパート経営とトレーラーハウス投資では、何が一番違いますか?
大きな差の一つは「撤退の自由度」です。アパートは建物が土地に固定されており、売却には市場環境や物件の状態が大きく影響します。移設可能なトレーラーハウスは立地を変えるという選択肢が残ります。ただしどちらも立地・市場・運営方法によって収支は変わりますので、一概にどちらが優れているとは言えません。
不動産未経験の経営者が最初にやるべきことは何ですか?
「目的の言語化」から始めることをお勧めしています。節税なのか、キャッシュフロー確保なのか、相続対策なのかによって、向いている手段が変わります。その前提条件を税理士・FP・不動産会社の三者に揃えて持ち込み、それぞれの観点で試算してもらうと比較の土台が作れます。情報収集の段階では、投資勧誘の文脈に乗らず、複数の視点から数字を確認することが重要です。